「薫風」 第41号から
未来へとつなぐまちづくり
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集団的自衛権行使反対を訴える | |
自治体消滅の危機―民間有識者でつくる日本創成会議が5月、「全国896の市区町村(道内では147)が将来消滅する可能性がある」との試算を発表し、衝撃が走りました。
市町村合併や行政サービスの効率化などの小手先で解決できる問題ではありません。
また、安倍政権はあわてて「地方創成担当大臣」を新設するとしていますが、株価対策と大企業優遇にひた走る姿勢を改めない限り、単なる人気取りに終わるのではないでしょうか。
何よりも、地域の特性を生かした産業・雇用政策を、官民を挙げて打ち出すことが望まれます。
札幌の人口は?
1960年に52万人、1970年に101万人、現在193万人と、急速に増加してきた札幌市の人口も、2015年前後をピークに減少傾向に転じ、2025年には191万人になると予測されています。
一方、高齢化の進行により、支援や見守りが必要な高齢者の数は、年4千~5千人ずつ増え、高齢単身世帯の割合は、おおむね8世帯に1世帯になると見込まれています。
経済活動を支える生産年齢人口は、2005年から減少傾向に転じており、これと比例して、実質市内総生産も減少を続けているという現状も、しっかりと踏まえなければなりません。
環境・エネルギー問題
2009年に開催されたG8サミットでは、CO2排出量を2050年までに1990比で80%以上削減することが宣言されました。札幌市のCO2排出量は民生部門が約9割を占め、1世帯あたりでは政令都市で最も多いという特徴があります。
また、これまでの日本のエネルギー政策は、原発を主要な電源と位置づけ、消費拡大を前提としていました。道内においても、消費電力量の約44%を泊原発に依存していましたが、福島原発の大事故によって、根底からの見直しが迫られています。市民意識調査の中でも、原発の今後のあり方について、10年後には不要29%縮小49%、30年後には不要62%縮小21%となっています。
公共施設のあり方
人口の急増に合わせて、集中して整備されてきた公共施設が、今後一斉に建て替え時期を迎えることになります。今ある施設を、そのまま建て替えると仮定した場合、2040年からのピーク時には、現在の約2倍、年間600億円を超える費用が必要と推計されます。
また、地域によって人口推移や人口構造の変化が異なること、施設によって利用者数に大きな開きがでてきたり、機能の重複が見られるなどの課題が指摘されています。
今後、市民ニーズに沿った施設の規模や配置、地域交流拠点としての整備、民間との連携など、新たな視点と方向性に沿った、具体的な議論が進められることになります。
歩いて暮らせるまちづくり
地域コミュニティーの活性化や、にぎわいの創出により、つながりと支え合いによる地域づくりが求められます。
町内会を始め、NPO、商店街、企業などが連携してまちづくり活動に取り組み、地域を越えたネットワークづくりによって課題解決の力を育んでいくことが、期待されています。
また、公共施設の複合化や、地域交流拠点の整備によって、都市機能とサービスの向上を目指していきます。
北海道を牽引する経済
上田市長は、石狩圏市町村との広域連携や、道内中核市との交流に積極的に取り組んできました。
北海道の強みを生かした、食、観光、環境及び健康・福祉の4つの重点産業をはじめ、6次産業化や「札幌型ものづくり産業」によって、裾野の広い経済基盤を確立します。
また、アジア地域からの観光客の増加や、販路の拡大、国内交流人口の拡大に対応した人材の育成が急務となっています。国際理解教育や、多様な歴史・文化への理解などに官民挙げて取り組む必要があります。
環境都市さっぽろへ
豊かな自然環境は、未来へと引き継がなければならない貴重な財産です。また、私たちは地球市民として、低炭素社会、資源循環型社会を実現する責任があります。
エネルギー分野では、①スマートな省エネルギーの実践、②再生可能エネルギーの活用、③分散型エネルギー拠点の創出を柱とした、新たな取り組みが始まります。
脱原発依存社会の実現を目指して、エネルギーの地産地消、札幌版次世代住宅の普及、熱供給ネットワークの構築へと歩みを進めます。
全米一住みたい町
ポートランド市訪問記
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ポートランド友好協定署名式(6月5日ポートランド市役所にて) |
札幌市との姉妹都市提携55周年を記念する議会訪問団の一員として、6月4日~10日の日程でアメリカ・ポートランド市を訪問しました。
到着した日の駐ポートランド総領事表敬訪問、自転車交通連盟視察を皮切りに、公共交通、都市再開発、環境保護、廃校舎再利用、青空市、市民参加など数多くのテーマについて学び、公式行事としては市長訪問、ローズフェスティバル、姉妹都市レセプション、ジュニアスポーツ交流観戦など、大変密度の濃いスケジュールの中で交流を深めました。
交流を担う市民団体
ポートランド市はオレゴン州の北西部に位置し、人口約60万人(都市圏人口約二百万人)で、自然豊かな環境とともに都市計画のモデルともされ、「全米一住みたい町」に選ばれています。
市民が中心となって進められてきた両市の交流は、さまざまな分野に広がり、姉妹提携を結んでいる団体は98に及びます。
行政視察先のコーディネート、案内、通訳は、全て「ポートランド・札幌姉妹都市協会」の皆さんがボランティアで担っていただきました。この協会は、2004年に日本政府より「日米交流150周年記念外務大臣表彰」を受けており、草の根交流のお手本として国際的にも高い評価を受けています。
大胆な公共交通政策
ポートランド市の最大の特長は、MAXと呼ばれるライトレール(軽軌鉄道)とバス、そして路面電車を組み合わせた公共交通網ですが、その転機は、日本も猛然と車社会へと向かう70年代だったということです。
今は市民の憩いの場所であり、毎週土曜日には大規模な青空市が開催されるウィラメット河畔に、大規模な高速道路計画が持ち上がりました。しかし、市民はその予算をMAXの導入に振り向けることを決断して、いわば、持続可能な都市へと大転換を図ることになります。
大規模な再開発地域と都心を結ぶ橋の建設現場を視察しましたが、「人と自転車と電車のための橋であり、車は通れません」という徹底ぶりにはビックリ。
住宅や店舗、公園の配置や大規模な施設の機能を含めて、全ての都市計画が公共交通を中心に組み立てられています。
自転車が似合うまち
朝、散歩をしていると、ヘルメット姿で自転車を疾走する人を、男女を問わず多く見かけます。
車道の真ん中に自転車専用道のラインが引かれているところもあります。
1996年に初めてマスタープランが作られた、当時の自転車通勤の割合は、2%程度でしたが、現在8%と着実に増え、アメリカ全体の0,5%に比べると、かなり高い数字になっています。
さらに、都市の魅力向上のために、2010年のマスタープランでは、全体交通量の25%を自転車利用にするとのことでした。
訪問した自転車交通連盟は専従のスタッフ16名と約200名のボランティアで運営されており、安全教育やキャンペーン、さまざまな調査をもとに具体的な政策提言を行なっている市民団体です。
自転車利用が、移動における平等性の確保や小さな商業地の活性化につながるという考え方は、非常に刺激的でした。
企業を呼び込む都市計画
ポートランド市が成長を続けることができるのは、美しい自然ときれいな水、安価な電力、税制優遇措置、高学歴人材の確保などの有利な条件に恵まれていることが一因となっています。
しかし、それ以上に、70年代から官民協力で取り組んできたという、経済と環境・コミュニティ双方の持続的発展を目指した都市計画の手法が、大きな鍵を握っていると感じました。
例えば公園整備では、民間開発業者は市との一定の約束のもとで開発をしますが、公園の質が資産価値を大きく左右するためできる限り良質な公園を整備します。
周辺の住宅や店舗についても同様ですから、資産価値は上がり、市は将来の固定資産税の増収分を担保にした債権を発行して資金を調達するという仕組みです。
日本ではようやく緒についたばかりのスマートシティ構想も、三井不動産や東芝、積水ハウスなどの日本企業がブランド化して売り出そうとしているとのことでした。
また、開発地域に入居するテナントについても、商工会には商店や各種の施設に関する情報を調査する部門があり、地域にとって必要な業種、規模、形態を選んでマッチングまで行なっています。 行政の仕組みが異なるとはいえ、これからのまちづくりには、是非とも取り入れていかなければと思います。
古い建物も大切に
成長を続けるポートランド市ですが、開拓時代の面影を残す古い建物の再利用も進められています。
再開発が進むパール地区に、環境保護団体「エコトラスト」を訪ねました。
1800年代に建築された建物は、長い間倉庫として使用されていましたが、1990年代後半に「エコトラスト」が取得して、他の環境団体や企業も入居しています。
古い柱や壁材などを可能な限り再利用し、屋上緑化や駐車場への透過性アスファルト使用、雨水再利用などに取り組んでおり、新たな物件の購入も予定しているとのことでした。
姉妹都市協会役員の皆さんとの夕食会は、郊外の廃校舎を再利用したレストランでした。1900年に改築されたという小学校は、子どもたちの減少によって廃校に。
地元ビール会社が開業した「ケネディ・スクール(地ビールレストラン+宿泊施設)」には、懐かしい雰囲気に誘われてか、平日にもかかわらず、多くの来客でにぎわっていました。
ローズ・フェスティバル
ポートランド市が「薔薇の街」と呼ばれるのは、市内に広さ1.8haの国際バラ試験農園(ローズガーデン)があり、何万本ものバラが咲き誇るからです。
創設は1917年。第一次世界大戦で荒廃したヨーロッパから、貴重な品種を絶やすまいと送られたバラの避難所でした。
毎年6月に開催される「
ローズフェスティバル」には、世界からも多くの観光客が訪れます。
開会を告げるバラの女王戴冠式とグランドフローラルパレードを見学しました。
バラの女王は、市内13校の高校生の代表から一人が選ばれますが、成績やボランティア活動、アピール力などの総合的な評価によって選ばれます。
パレードは生のバラで飾った花車やマーチングバンドによって陽気に、そして華やかに2時間以上にわたって市内中心部を練り歩きます。
パレードの最後尾が行きすぎると、市民は後片付けとゴミ拾いを始め、清掃車と散水車がやって来て、あっというまに元の街並みにもどっているのが、印象的でした。
人権感覚を疑う「妄言」
「アイヌ民族はもういない」発言
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アイヌ文様タペストリー除幕式 上田市長、阿部ユポ札幌アイヌ協会会長たちと |
金子やすゆき議員(東区)が、インターネットサイトに「アイヌ民族なんて、今はもういないんですよね。せいぜいアイヌ系日本人がよいところです」と書き込んだとの記事を目にしたとき、私は唖然としました。
無理解、不見識、勉強不足…批判する言葉さえ見つからなかったというのが、正直なところです。
歴史を正しく受け継ぐ
明治時代1899年に制定された「旧土人保護法」は、保護とは名ばかりで「同化政策」のもと、土地や仕事をはじめ独自の文化や言葉を奪い、差別を助長し固定化する役割を果たしてきました。
戦後になっても、自民党政権はなかなかこの事実を認めようとせず、ようやく1997年に、「旧土人保護法」を廃止し「アイヌ文化振興法」が制定されます。
さらに07年に「先住民即の権利に関する国連宣言」が採択され、08年には衆参両院において「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が全会一致で採択され、先住民族としての権利回復に向けた新たな歩みが始まりました。
言論の自由に値しない「妄言」
金子議員は、撤回・謝罪を拒否するばかりか、アイヌ民族に関わるさまざまな施策や事業を「利権」と決めつけ、「アイヌ民族と証明する根拠はない」「私も選挙に落ちたら○○○になろうかな」などの書き込みを続けています。
「滅びゆく民族」とされる苦難の歴史を強いてきたのは、ほかでもない私たちが住む日本という国家です。そして、アイヌ民族であることを隠して生きなければない社会が今も存在します。
アイヌ民族の苦難の歴史や権利回復への闘いを否定し、多くの困難の中で今を生きるアイヌ民族の尊厳を踏みにじる「妄言」は絶対に許すことはできません。