2007年8月2日木曜日

二つの裁判から見える「希望」

ワーキング・プア、ニート、偽装請負、はたまた「消えた年金」と、労働者の雇用環境は明らかに「使い捨て」の時代に向かっているかのようである。福祉を「くいもの」にしていると批判されるコムスンの虚偽申請問題は、日本の企業社会が19世紀にタイムスリップしたかのような錯覚を起こさせる。何でも手に入る日本に「希望」だけがない。

そんなイライラがつのる中、「女性自衛官人権裁判」と「ルミエール裁判」、二つの公判を傍聴した。状況も現場もまったく異なってはいるが、現代社会が抱える闇を浮き彫りにしているように思える。そして、人間としての尊厳、あたりまえの思いを語る彼女たちの姿に「希望」が見えてくる。

人権と女性としての尊厳を取りもどすため国とたたかう ― 女性自衛官人権裁判


6月11日に第一回弁論が行われた「国家賠償請求訴訟」。原告の女性は、深夜、宿直勤務中に泥酔した男性自衛官に呼び出され、暴行を受ける。部隊の責任者は女性の訴えを放置し、隊内の行事や通信制大学のスクーリングに参加させないなどの嫌がらせを行い、事件から約5カ月後に退職前提の有給休暇を強制する。道内のある自衛隊基地で起きた強姦未遂、勤務中の飲酒、退職強要、そして嫌がらせ。いわば組織ぐるみの人権侵害に対するたたかいである。


どんな会社や組織であっても、性的な嫌がらせや退職を強要するような行為は許されない。加害者と被害者の個人的な関係に矮小化することなく、とりわけ被害者の人権に配慮した対応を行い、安心して働くことができる職場環境を維持する責任がある。しかし、異議申し立てするよりも、我慢し、泣き寝入りすることが「自分の身を守る」最良の方法であるという「常識」がまかり通っていることもまた現実だ。社会から閉ざされ、勤務も生活も基地の中、階級が優先する自衛隊にあってはなおさらである。

そんな「常識」に立ち向かい、提訴後も続く陰湿な嫌がらせと、過酷な緊張状態の中で「私の踏みにじられた人権を取りもどすため、同じ経験をした女性の人たちに勇気を与えるため、たたかいます」と宣言する彼女の勇気は、私たちと閉塞する今の社会に対する問いかけでもある。

利用者の尊厳を守るという原点に立ち戻って欲しい ― 特養ルミエール虐待裁判

特別養護老人ホーム内での虐待を内部告発した職員、支援労組、記事を掲載した道新が、施設を運営する法人から名誉毀損で訴えられたのは、04年の10月。告発を受けた札幌市が、「虐待が強く疑われる」との中間報告を行ったその日に提訴した法人は、福祉関係者だけではなく、多くの市民から怒りと不信を買うことになる。12月には札幌市から「改善命令」が出されるが、法人は一言の反省もなく裁判は続行される。

判決では、当然にも法人の訴えは退けられる。同時に、進行していた利用者の家族からの虐待に対する損害賠償請求が認められ、法人は全面敗訴となるのだが、長沼理事長を中心とする懲りない面々は即刻控訴の手続きをとった。


内部告発者であり被告でもある多田めぐみさんは、同僚職員による虐待の事実に気づき上司や施設長に報告したが、放置され、逆に恫喝や嫌がらせが始まる。そして報復ともいえる慰謝料請求訴訟。「こんな施設から逃げ出したい」―彼女自身何度もそう思ったが、「一番辛い思いをしているのは利用者」と自分を奮い立たせたという。

この裁判は、介護保険制度が始まる際に指摘されていた様々な問題を浮き彫りにしている。施設という閉鎖された社会、劣悪な条件を強いられる介護職員、法人を含めた介護事業者のモラル、監査指導を含めた自治体の役割、などなど。多田さんが判決を受けて語ったように、「利用者の尊厳が守られ、告発してよかったと実感できる日」に向かって歩んでいきたい。

追記:

この裁判は6月11日に勝利判決しました。詳しくは http://www.infosnow.ne.jp/~sgu/sgu-rumieru/RNEWS28.htm